Sado

鶯と鳶と海と山と田んぼと


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Under Construction as of 03/07/23
  Sado Island on the local bus o
 

海の向うに”おとぎの島”がある。のだろうか。

新潟から両津へ。フェリーで2時間半、ジェットフォイルで1時間。へだてる海は約50Km。ジェットフォイルに乗ると、館内放送でシートベルトの着用を促している。なんでもかつて鯨にぶつかったことがあるとか。朝一番のジェットフォイル。気絶したように寝ていて、到着のアナウンスでどばっと目覚める。目の前に特にどうってことのない港。港の向うには軒の狭い家並み、さらに先に残雪を頂いた山並が見えた。ドンデン山と呼ばれている山並だ。美しい。

ターミナルを抜け、おみやげ物屋を横目にエスカレータを降り、バス停へ。9時に港に接岸して、9時10分の岩谷口行きのバスに乗り込む。きたのはマイクロバス。両津の町並みにあるいくつかのバス停を過ぎたところで、運転手が「お客さんたち、どこまで行くの」と声をかけてきた。乗客は5人。私以外は、中年の夫婦2組。1組は親戚の家にでも行くのだろうか、すぐに降りていった。ということで観光客3人の貸切路線バスの旅がはじまったのである。

  Sotokaifu 外海府−二つ亀−願−大野亀
 

内海府と呼ばれる両津側の海岸線は、湾になっているせいか、波は比較的穏やか。山が海岸線まで張り出しているので、耕作可能な土地はほとんどない。海岸と山の隙間に、家をたて、わずかな土地を耕して、海にでて暮らしているのだろう。道は狭く、多少舗装しなおしているとはいえ、まだまだ交通の便がよいところとはいえない。乗っているこの路線バスも4月の末から運行を再開したばかり。冬の間は路線バスも通らないのだ。右手に海、左手に山。いくつかの小さな集落を抜け、突端に向けてバスは走る。

「貸切みたいなもんだから、早く着くのかなあ」。乗り合わせた夫婦は、右側の座席で海を見ながら、「わー、きれい」「そうだねー」などと言い合っている。なんだかとってもほんのり温かみのある夫婦で、その場が和んでいく。

途中、「願までおねがいしますんだ」とおばあちゃんが乗り込んできた。「あらま、地元のおばあちゃんが乗ってくるなんて珍しい」とバスの運転手もびっくり。その停留所で時間調整とかでしばらく停車したあと、さらに先に進む。運転手はこの辺の見所やら、道に飛び出してきた蛇についてしゃべったりと、観光ガイド状態に。

1時間ほどで二つ亀に到着。3人とも降りる。さらに先に行くバスは、午後14時過ぎになる。大野亀までぶらぶら歩いていっても十分時間がある。春うらら。ハイキングには絶好の日和だ。なんといっても海が蒼い。

  二つ亀のホテルから海岸まで数十メートル。階段を下りていく。途中には、山桜やすみれ、仏の座と花がいっせいに咲いている。蜂も羽虫も喜びいさんで飛び回っている。写真を撮りながらのんびりと降りていく。観光バスのおばさん軍団が、ぜいぜい息を切らしながら登ってくる。イヤー大変そうだ。鳶が目の前を滑空していく。崖の上を優雅に舞う。浜に下りる。目の前の水は青く澄んでいて吸い込まれそうだ。手を入れてみると、とても冷たい。海草が揺れているのが透けて見える。二つ亀の岩山の反対側の浜では、子供たちが2人、水辺で戯れている。

海岸沿いの遊歩道に進もうとしたが、落石の危険ありの看板がでていて断念。うー。ということでさっき見たおばさん軍団同様、こちらもぜいぜい息を切らしながら、降りてきた道を再び登る。カラスがあほーと鳴いた気がした。

上の道をてくてくと歩く。それにしてもたくさんの鳥の声。山はサクラのピンクと、若葉の黄緑がまだらになって、パステル画のようだ。北国では春はいっぺんにやってくるというが、ここでもいっぺんに春がやってきているのだろうか。春の足跡が山に残っている。
田んぼには水が入り、おじいさんが一人、代掻きをしている。鶯が伴奏をつけているようだ。

「願」=ねがい。という名前の村。戸数十数戸程度だろうか。
村の入口の道端には、八重桜が見事に満開となっている。畑を耕していたおじいさん。菜の花と大根の花が海にむかって静かに咲いている。海の波の音と風の音だけ。村に入ると、ちょうどお昼のサイレンがなった。長く伸びるサイレンの音。しかし村の一本道には人っ子一人歩いていないし、家の中にも人の気配は感じられない。

と思ったら、観光バスが通り過ぎていった。村はずれから、海岸沿いに1本の道が通っている。小石をコンクリートで固めたその道は、さっき通れなかった遊歩道のもう一方の端だった。500mほどたどると、だんだん崖が険しくなって、石が剥がれ落ちてきそうな様相となってくる。それとともになんとなく重苦しい気配。落石防止ネットが張られた岩のアーチをくぐると、そこが「賽の河原」と呼ばれている祠だった。崖の下にできた洞に、小石を積み上げて、この世に生まれ出でなかった水子を祀ってある。風車やおもちゃが石の上に並べられている。ドラえもんなどアニメキャラものが目に付く。心寂しい。これだけ穏やかな日でも、なんとなく風の唄が悲しく聞こえる場所だった。

もときた道を戻っていく。時間が止まってしまったような村。岩浜辺に座って、まだ冷たい海に足を浸して一服。岩場の水溜りで波が反復するその揺らぎが心地よい。さまざまな海草がゆらゆら、小石もゆらゆら。赤いものやめのうなど水の中も色とりどりだ。水は冷たくて、そんなに長く足をつけてはいられないが、陽の光が暖かいので、温まった石の上で足をさらせばすぐに乾いていく。防波堤の上では、わかめが干されて風になびいていた。
  大野亀 カンゾウの花
 

八重桜の下の道を登り、大野亀へ。数百メートルの高さの1枚岩が海に突き出している。左側の崖は鋭く切り立っている。右側は風下なのか、低木が茂っている。そして手前にかけてちょっとした草原が広がる。ここが大野亀だ。亀は神、アイヌのカムイにも通じるという説があるとか。確かに神聖さを感じる場所だ。

やめておけばいいのに、岩山をのぼり始める。なんといっても断崖絶壁の上、尾根を歩いているようなもので、違いはすぐ下が海ということ。高所恐怖症なのに、なぜか高いところにのぼりたがり、登り始めてから後悔することに、ちょっといっては多少視界がさえぎられる部分や足場が安定しているところで休憩。また意を決して登り始める。ということの繰り返し。よせばいいのに、荷物を背負ったまま登り始めてしまい、ますます安定感がない。上に上れば眺めがいいのは確か。恐る恐る周りを見回して、カメラのストラップを握り締めつつシャッターを切る。ようやく岩の背にでて両側の海を眺められる場所まで登ったが、それ以上頂上まではさらに10m近く登らなければならない。力も尽き、時間も押し迫ってきたので降りることにした。

6月には黄色の絨毯になるという岬。季節前だったので、ようやく見つけたカンゾウの黄色い花。登っているときには気づかず、下りで見つけた。苦労して登ってよかったと思えた瞬間だった。

ドライブインでバスを待つ間に、イカそうめん定食を食べる。外では、さっきのバスでいっしょだった夫婦が日向ぼっこしていた。その向うに白鷺が舞い降りた。

定刻どおり、バスがやってきて、ニコニコ顔の運転手さんが、「どうでしたか」と声をかけてくる。あいかわらずバスの乗客はわれら3人のみ。さらに切り立った崖が続き、岩をくりぬいた狭いトンネルも通らねばならない。道幅はところどころ拡張してあるが、狭いままのところも多く、ドライブも大変そうだ。滝上の橋のところでは、バスの運転手が「ここは歩いて渡ったほうがいいから」と、バスを止めてくれた。またしても高所恐怖症にはつらい高さ。そろそろと渡って、渡り終わったところからバスに乗り込みなおす。わーっと開けた砂浜が見えてきたら、終点の岩谷口。ここで次の区間バスに乗り換え。半日面倒を見てくれた運転手さんは、数人の乗客を乗せて、両津へと戻っていった。

接続が悪いので小一時間砂浜をぶらぶら。願の海とは違った、荒々しい海が目の前に広がっている。怒涛のような波間をかもめが舞う。日本海側の海鳴りは悲しい。何もない。がなんだか懐かしい。

  尖閣湾 田植え
 

乗り換えたバスは、普通サイズ。バスのサイズは、乗客数を表すはず。さっきまでのマイクロバスと比べると、沿線の人の往来が予想できる。道は、海岸沿いというより、崖上を走るようになり、まわりに畑や田んぼが増えた。途中の停留所は小学校の前。下校の生徒が20人近く乗り込んでくる。定刻まで待って、乗り遅れる子がないようにしている。バスの中は一気に活気付いた。一番前の出口近くの席に陣取ってみていると、停留所ごとに降りていく子供たちが、必ず「ありがとうございました」といって降りていく。とってもすがすがしい。それも型どおりの挨拶というより、心がこもっているように感じられたからだろうか。

バスの運転手に尋ねて、尖閣湾で降りる。その先相川まで一気にいってしまおうか迷ったが、せっかく風光明媚でしられる尖閣湾。まだ遊覧船に乗れるだとうとあせって乗り場へ。最後から2番目の船に乗れた。グラスボートとかいって、海中がのぞけるようになっているが、のぞいていたのは、出発後の2、3分のみ。あとは、荒れる波にもまれて、海はあわ立っていて海中は見えず、船も揺れて下をずーっと向いているのは辛い。かといってまわりの景色を堪能するほどの余裕もなく、まるでジェットコースターの左右上下前後揺れありバージョン。15分のショートクルーズだったが、風光明媚な景色の印象はないまま下船。まあ船酔いしない程度で楽しかった。

宿を決めていなかったので、たしかこの近くにあるはずのYHに電話する。5時過ぎだったが、なんとか夕飯つきで泊まれることに。ただし、場所は遊覧船乗り場から歩いて20分ほどのところだという。

YHに向かう途中、尖閣湾の上に広がっている田んぼでは田植えの真っ最中。機械植えでなく、手で植えていたのでびっくり。沈み行く夕日をバックに、そのシルエットが美しい。かえるがすでに合唱の練習をはじめている。かえるの歌と田植え風景、日本の原風景。こうしておいしいお米が作られ、われわれの食生活が支えられているのだと。ありがたい。

佐渡のゴールデンウィークは田植えで忙しいそうだ。TVのニュースで、田植えがはじまりました、というニュースが流れていた。

鳶が「ひゅーひゅるるるーん」と甲高く啼いている。優雅に夕日に映える田んぼの上空を舞い、近くの木に降りていった。

  朱鷺なのだ
 

朱鷺なのだ。佐渡といえば。それなのに、朱鷺保護センターまでいくのは至難の業だった。

保護センターがあるのは、新穂村。昔から朱鷺が生息していたところ。一番近いバス停は南線のバス停。この路線の運転手は知っていたのか、知らなかったのか、新穂村のバス停でわれらを下ろしてくれた。あとで聞いたら、もっと近いバス停があったそうだ。延々と歩くこと45分。4km以上はあったろうか。あとでわかったことだが、地元の人はあまり興味がないらしく、場所もよくわからないし、学生時代に学校からの見学で行ったっきりという人がほとんど。そう、こちらだって上野動物園なんて、10年に1度くらいしか行かない。バスから一緒に降りたおじさんとえっちらおっちら、田舎の一本道を歩きに歩いた。途中ゲートボールをしている人たちに道を聞き、用水路の整備を演歌をかけながらしているおばあさんに挨拶し、田んぼの耕運機を横目に見ながら、とにかく歩いた。

ようやく保護センターの入口付近までやってくると、あれー、昨日バスで一緒だった夫婦が目の前に。なんでも佐渡に住んでいる友人宅というのがこのあたりなんだとか。奇遇である。旅行中よくある奇遇ではあるが。ひとしきり昨日からの半日間の話をして別れ、センターに向かう。

残念ながら、日本最後の朱鷺のキンは屋内で飼われていて面会不可。それでも檻の止まり木で羽繕いをする姿がじっくり見られたのはラッキーだった。あとで佐渡在住の人に聞いたら、結構見学にいっても見られなかったといっていた。
なんといっても小学生の頃、友人達と「トキ」という科学同人誌を作っていた思い出から、朱鷺への思い入れがあって、どうしても本物を一度は見たかったこともあり、30分ほど檻の前で双眼鏡を覗いたりして堪能。満足。キンのテレカと記念切手を購入。

佐渡のトキ家系図

 

保護センターから両津行きのバスが土日だけ1日2本だけあるというので、しばらく時間をつぶして、センター下のバス停に向かう。またしても、昨日の夫婦と遭遇。よほど縁があったあらしい。何度あっても、明るく気さくな夫婦だった。帰りは歩かずに両津までバスで直行。港のフェリーターミナルのバス停で降りて、お土産を買い、歩いて旅館に戻る。今夜は薪能だ。

  Takiginou 薪能
 

なんと500円で薪能が見られるのだ。これを見ずして帰れようか。

佐渡には能舞台が数多くある。都から流された人が多く住んだせいであろうか。料理の味付けも関西風だし。山椒大夫の舞台もここ佐渡。民話や鬼太鼓など、こんなに狭い佐渡なのに祭事にまつわる芸能が盛んなのだ。とはいっても、祭事用の芸能では、年に1度しか行われない。観光向けに、また地元芸能の保存のために、両津市が薪能を月1回のペースで春から秋まで実施しはじめたのはここ数年のことだという。舞台は、両津に面する加茂湖を見下ろす高台にある椎崎諏訪神社能舞台だ。

旅館の人が神社下まで送ってくれる。高台の境内まで坂道を登ると、次第に視界が開けてくる。暗くなった加茂湖の湖面の向うには、蒼く光る空にシルエットが映え始めた山々が広がる。境内には、背の高い杉の木が茂り、梟が鳴いている。ロケーションは最高だ。

観客は整理券を手に、座布団やらひざ掛けやらを抱えて集まってくる。舞台の前には、ビニールシートが敷かれていて、その上に陣取って鑑賞するのだ。すでに特等席は埋まっていて、熾烈な陣取り合戦の駆け引きがあちこちで行われている。いい場所をもとめて、詰めてくれ、そこは空いていないのかといった声が飛び交う。ビニールシートの上で座りづらい。5月初旬の屋外はそれなりにヒンヤリしていて、もってきたフリースの前をあわせなおす。

空がほとんど真っ暗になったころ、おもむろに儀式がはじまった。

まずは、神社から篝火用の火が女官によって届けられる。それを受け取った篝火番の男性2人がそれぞれ持ち場の篝火を用意し、火をつける。能舞台上の明かりだけでなく、篝火のおかげで明るさと厳格さが備わったようだ。

次に両津市長の挨拶。それに続いて演目の解説。客席はまだ遅れてくる人の受け入れでざわめいていてる。ようやくひととおりのフォーマリティが済むと、囃し手が登場していよいよ舞台がはじまった。


羽衣(はごろも)

演目解説
駿河国の白龍という漁師が、今日も三保の松原に漁にやってきた。浦の風景を眺めていると、いずこともなく漂う、えもいわれぬ匂い。
白龍が見まわすと、とある松の枝に、美しい衣がかかっている。これはいいものが手に入った、家宝にでもしようともって帰ろうとしたとき、美しい女が、それは自分もものだから返して欲しいと頼んできた。女は天人で、衣は天の羽衣(あまのはごろも)であったのだ。それを聞くと白龍は、ますます返すのが惜しくなり、なかなか天人の頼みをきき入れない。羽衣がなくては天に帰れないと、天人は悲嘆にくれる。天を仰いで悲しむ天人の姿を哀れんで、白龍は羽衣を返すことにした。
そのかわり、天人の舞いを見せて欲しいと頼む。天人は白龍に礼を言うと、返してもらった羽衣を付けて、舞い始めた。そして、明るい春の空へと昇ってゆくのだった。

鋭い笛の音が夜空を劈く。梟の低音が伴奏のようだ。謡も迫力があって、以前誘われて見に行った東京でのアマチュア舞台より格段に上手い。思わず前のめり。


薪の炎の向うに見えたお面の表情は、羽衣を返してほしいともだえる天女の心を移すかのように揺れていた。ぞっとした。

   
  Food/Drink
  北雪。イカ。アイス

 

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